忌まわしの記憶10 川崎編 Pt.1

忌まわしの記憶はまだ終わりじゃない
今度は、川崎だ
川崎市川崎区には2000年の約5か月の間いた
それでは、見て行こう


川崎駅は人口規模の割にはコンパクトな駅で、3面6線はショリデのJR部と変わらない
故に、終日かなり混んでおり今般写真化するのにも一苦労した
駅ビルの大きさは比較にもならないが


これは何か?バスの案内表示器、それも東口の分だけだ
西口の分は別途にあり、人口規模の多さを感じる


それでは、事跡の地のある東口に歩を進める


ご覧の通り、どこを向いても人、人、人だらけだ
この点だけは「ショリデとは違うのだよ、ショリデとは!!」といくらでも誇示できるだろう


駅ビルの大きさ、ロータリーの大きさ更に地下街の入り口位置により駅名標を探すにも一苦労だ


駅前ロータリー、これでも一部分にすぎない


駅前から出る2つの通りを横につなぐ銀柳街


銀柳街は日中~夕夜間まで歩行者専用だ


銀柳街を出ると、駅前通りの37番街を抜ける


この駅前通りでは歩行者と自転車の分離が図られている

川崎市は、当時で115万人、現在では凡そ150万人にもなる一大規模の政令市だが、南北に長く縦貫するのは南武線だけ
その中で関係があったのは川崎区だけということになる
それも5か月という短さではあるが、その落とす影は暗く大きい

次回は、引き続き忌まわしの地に向けて歩を進めていく

全てSONY ZV-E10 E PZ16-50/3.5-5.6 OSS

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