忌まわしの記憶Pt.9 上野某所編

まだ、忌まわしの記憶は終わりではない
いずれ時期を追う毎に必ず振り返っていかねばならないのである
ここで振り返るのは2005年の一時期に誘導され大きな不幸を生み、更なる誘導で残してはならない4年半とまでいわれるSG現場にも繋がる一大不幸の地だ

忌々しい上野駅

南側、駅前

各方面への案内看板

これがあの忌々しいアメ横への入り口だ、ヨドバシの真裏にある

アメ横通りと上中通りが分かれる

ATMの看板、なぜこんなところに?カネを使わせるためだろ!

この四つ角を右に行くと中央通り、左に行くと…。

これは先の交差点で左を向いた図、昭和通りに突き当たるあたりに忌々しい現場はあった

二基の菓子付近、摩利支天も付近だ

アメ横は御徒町駅前で終端となる

実はこの間、わずか数百メートル(上野と御徒町の間)
この僅か数百メートルの間にこの世の地獄が凝縮している忌々しい地ということになる
この地で働かされたのは2005年の約3か月間、時期的には忌々しい薄汚い辺境の地に誘導されて割とすぐの時期になる
つまりこの二つは最初からセットで、同じ策謀の下ということになる
更にはこの近くにあった通称SG現場、忌々しいSCへの誘導の下地でもあったのだ
更にこの時期にはあの忌々しい敵宗門のダブルバインド下でもあり、それがさらに不幸を拡大させたのだ、それも敵宗門・医療利権どもの狙いだったのだ
あらかじめ知っていれば決して選ばない、そのくらいの地獄だ
2005年半ば、これまた忌々しいSG某店の現場を去ることになったのだがそこで誘導を蹴って正規雇用をまずは目指すべきだったのだ
このようなミスリードの例は枚挙にいとまがない
改めて敵宗門・医療利権の連中に対して殺意が止まらない

写真:全て2023年8月 SONY ZV-E10 E PZ16-50/3.5-5.6 OSS

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