移住計画と三馬鹿について

先日私は砦チャンネルにおいて下記のツイートを投げた。


移住計画とは、新天地計画の中核をなす計画であり、現在の薄汚い辺境の地を捨てて新しい定住の地を得る計画である。
しかし、過去の移住においては三馬鹿とも謂われている様に失敗移住地というものがあり、また敵一味にとって都合の悪い移住は潰されてきたという過去がある。

移住計画について

現在の移住計画については原子力事故による放射能の影響から可能な限り逃れること、及び現在の薄汚い辺境の地から逃れ以って孤立と屈辱を解消することを目的として計画されており、移住先について検討を重ねてきているものである。

しかし、原発事故から約6年になろうとする現在彼の地から190キロほど離れている当地において人が倒れたとかいう話を殆ど聞かない。また、当地において葬祭場が混雑しているという話も聞いたことが無い。
あれだけの大ごとであったので勿論影響が出ることは避けられないが、騒いでいる連中に不審な点があること、ネタとしか思えない画像が出回っていることから、まだ騒がれているほどには深刻な事態になっておらず、まだ時間的猶予があると見ている。
実際問題、先日東京に定期的な所用で出た際も急病人や街で人が倒れているなどの現象は終に見ることができなかった。
ただ、武田教授の言うとおり1000人に1人の影響が出るのであれば日本全土で約13万人に影響が出て病死や就労不能などに陥る計算になる。
また、若い人ほど放射能被爆の影響を受けやすいといわれているのでこの点には注意を要する。
ただし、福島県内や近県など1Fに近い地区ではさすがに汚染が桁違いに酷く、これらの地区からは早々に避難移住をするべきである。
尤も13万人程度では恐らく今の権力三兄弟は腰を上げることは無かろう。

下記は、冒頭のツイートの前に投げたツイートである。

こちらにもあるとおり、私は現在敵対勢力の首魁である宗門側との闘争を抱えており、形の上では離壇して切り離しているものの執拗で凄まじい妨害を受けており、奴らの妨害によって人縁を遮断されている状態にある。先日もツイッターメインチャンネルにおいて敵一味が風評を流布したとみられ何人かがこれに引っ掛かってしまい身に覚えの無いブロックを受けるという被害が発生している。恐らく短時間のうちにブロックを稼いで凍結に追い込もうとしたのであろう。
工作員に問い詰めれば馬鹿の一つ覚えで罰だの罪障だの謂って逃げおおそうとするだろうが、そんなありもしないもので騙せるほど私だって馬鹿ではない。
奴らが罰だ罪障だと謂っている物の正体は単なるこじつけであるか、或いは奴等自身が裏で手を回した奴ら自身によるマッチポンプの産物であるかのどちらかであるから騙されてはいけない。

いずれにしても、現状のまま問題を放置して移住を強行したところで現状が改善する可能性は限りなく低く、従って移住の計画については対宗門問題が脱退の貫徹で成功裏に終わり完全な解決を見るまでは凍結とし、その間に力を蓄えて、解決の暁に改めて諸事情を勘案して決定することとした。
放棄ではなくあくまで凍結なので、凍結中も移住に備えて力を蓄えることに違いはないし問題の解決を見れば移住に動き出すということである。また、凍結中も移住先の選定にかかる調査及び検討は引き続き行っていく。
まずは敵宗門による汚い手口での妨害を振り払い闘争に終止符を打たねばならないということであり、また冒頭のツイートにもあるとおりもし移住しても行った先で原発が破局すればまた元の木阿弥であり何の意味も無いということになってしまう。だから性急な移住は危険だということである。したがって当家としては、当面は敵宗門との戦いにリソースを集中し、まずはこの問題を解決するのが当面の方針である。

当家における移住史と三馬鹿について

当家における移住の歴史は絶海の孤島から解放を見て本土に復員(ポータルの回顧録参照のこと)して程無く始まっている。
しかし、何故移住が始まったかは不明のままであり、恐らく洗脳の産物であろうという結論に達しつつある。
これまでに当家で移住が行われたその移住地は下記の通りである。
なお、寮や寮的な借り上げ社宅など強制的性格を持つものはここでは除外する。
練馬区・中部(生地から目と鼻の先)練馬駅からバス
埼玉・桶川 桶川駅至近
坂戸・東坂戸 若葉駅か川越駅からバス
杉並・上井草 井荻駅か上井草駅、徒歩
茨城・取手 取手駅から徒歩
ここまでくればどれが三馬鹿であるか大体わかるとは思うが、もう少し説明させてほしい。
このうち、都内の二つは親元からの独立が目的であり、なお且つ職住近接にも配慮した選択である。
練馬には約3年、杉並には約4年の間居住していた。
そうなると問題は残る3つということになる。

まずは桶川。ストーカー殺人事件が後年に起きるなど問題の多い土地柄であり、また在住中にも地元有力家の者による追突事故の被害、ならびにこの者が今日まで逃げおおせているという問題が起きている。
この地には約2年住んでいたが、職場まで遠いのに家賃が高く(つまり高級物件)、現実に根付いていない、まして地縁も無いなど問題の多い移住であり、いわば物件ありきの選択であり「馬鹿」の部類に属するといえる。移住当時は実入りが多かったため問題にならなかったが、いずれ終焉を迎えるべき愚かな選択であったといえる。
「馬鹿」の中でも一番の馬鹿である。

次の東坂戸は、物件ありきで高家賃に悩まされていた桶川に比べれば家賃が格段に安く、まだ現実的な選択であったといえる。しかし、にも拘らず長続きしなかったのは職場からの距離が相変わらずであったことがあったが、敵一味の運命操作による側面があり、適切な間取りを持っていたことなどにより物件として扱い易いなどまともなら長続きした可能性はあるものの、職場から遠い、地縁が無いという欠点は同じであり、更に駅まで遠いという致命的欠点があって、ベストであったとは言い難い。したがって、これも「馬鹿」の部類に属するといえる。この地には約4ヶ月の居住に終わった。

問題は次の取手である。
当家は、今日もこの不本意な地に居留を余儀なくされており、移住から12年になろうとしている。
問題の起こりは、杉並時代の転職で職場が遠くなってしまっていたことにあった。都内とは謂うものの山手線を通り越して反対方面であり、かなりの距離があったのだ。各駅停車ということもありほぼ1時間かかる有様であった。
このことが、職住近接を前提に杉並が選ばれたという意義を反故にしてしまい、これが誘導の足がかりを作ってしまった。というのはその職場までの距離、所要時間が杉並でも取手でも大して変わらない(ただし、電車賃は杉並にいたほうが安かった。)からである。
このことと敵一味による洗脳犯罪が重なり合った結果この不本意な移住は発生したといえる。
その後の変遷によって職場までの距離は縮まったものの、これが問題の多いあのSG現場であり、ここでの軋轢で心身ともに疲弊しきってしまい後の大病の一因を作ってしまったとも言える。SG現場については後述する。急ぐ人はポータルブログの記事に断片的にではあるが記述が残っている。
その後再起を図ったときにはまだ騙されたことに気付いておらず、比較的近い職場で再起が図られたことにより、却ってこの問題は有耶無耶となってしまった。
この地においても地縁人縁がないという欠点があり、今日の孤立状態を招いている。
この地には、後に誘導されることとなる忌まわしき「場所」が3つも含まれていた。
それがH悦院であり、K病院であり、Tクリニックであったのだ。
このうちの後ろ2つは透析にいたる原因となった施設とそこからバトンを渡された施設であるので、専ら後者を誘導先と見做すべきであろう。
つまりH悦院とTクリニックが誘導先だったという事になる。
なお、前者は宗門からの脱退によって、後者は転院によって脱出を果たし、脱出すべきは最後の一つである薄汚い辺境の地ということになる。
この2つの脱出をガス抜きにされないよう、最後まで闘争を貫徹してゆく所存である。

桶川を第一位にしたが、こちらも負けず劣らずの「馬鹿」なわけであり、当時の情勢であれば杉並に残って再起を図るのが正しかったであろうというのが正論である。

ということは、桶川・東坂戸・取手の3つが当家における失敗移住地であり、三馬鹿であるということが出来るのである。

今後の移住に当たって

今後の移住に当たっては、考慮するべき事項がいくつかある。
一つは被曝の問題。
様々な情報が飛び交って入るが、実のところどれも決定打を欠き、実際の深刻度はどの程度なのかが判断できかねる状態である。また先述のとおり移住したとしても移住先で近くの原発が破局してしまえばそれで努力が水の泡となる訳である。
この他、他の災害の発生の可能性とその予想規模が一つの指標となるだろう。
もう一つは地域性。
もし行った先が取手のような閉鎖的な地域であったなら、その移住は直ちに失敗であるということになる。また、当然のことだが人口の多い地域のほうが出会いも多いということにもなる。この点はよく精査して選定する必要がある。
過去の三馬鹿で問題になっている地縁人縁については、既に絶滅してしまっていることから今更問題にしても意味は無い。元々関東外に地縁は無い訳だから。
いずれにしても、移住までは現住地を動かないこと、まずはここで敵一味の粘着を完全に断ち切ることの二つが肝要であり、東葛県南エリア内での小移動はただのガス抜きにしかならないので煽りに乗らないことが肝心である。
敵が煽るものには必ず裏がある。
恥辱の地ではあっても生活は比較的安定しており、それを意味もなく易々と手放させられてしまうことの無い様にしなければならない。「自分が間違えない」という言葉はここでこそ活きるし意味があるというものだ。
辺境の地を出る時は関東を出る時である。
被曝被害が無ければ東京近郊に戻るのが本来の姿であるが、残念ながら東京も汚染地域となってしまっているのが現状である。

SG現場について

このSG現場という言葉は以前のシングスピールウェブの流れを汲むポータルブログに於いて前身となるブログの一つから引き継いだ記事に頻出するのでわかる人もいるかもしれないが、当ブログにおいては初出であるので少し説明する。
このSG現場というのは、かつて上野地区にあった某大手運送企業のSCである。
1年ほど前までは場所を変えて現存していたが、終に閉鎖となり当時の担当エリアからSCが姿を消している。
当該エリアに4つあったSCのうち、残る3つが現存しており、そのうちの一つにエリアが統合されたと見ている。
一個の大口顧客で持っていたようなSCであり、それを失ったか或いは目と鼻の先にあるが担当営業所の違う拠点から出荷するようになった可能性が高い。
その辺は当ウェブの追及事項ではないので詳細は省くが、私はこのSG現場に2005年~2009年の約4年間隷属させられており、その間に実父を失うという事態に追い込まれている。
要を以って云えば、SCそのものよりもSCに居た連中(社員・バイト)が問題だったわけである。
つまり先述のとおり奴らによる苛烈なモラハラによって心身とも疲弊しきってしまう事態となり、その後の大病の一因を作ってしまっているわけで、当家における一大汚点にもなっている。
現在ではここには主導的立場の者は置かれていなかったことが判明しているが、特に通称千ラシ裏女が問題視され、専ら追及の俎上に上げられていたわけである。
その後しばらくSCは現存していたが、エリア内に長時間居座っていても見かけないなど衰退のさまが明らかであった。
もしかすると当時のメンバーの中に主導者が居たのかもしれないが、どの説も決定打を欠き、結局解らずじまいになっている。
しかし、奴等の所業が許されないことだけは確かなわけで、今でも復讐の念は強く持っている。
その中に写真展を開いている奴がいるのだが、ブログもツイッターも無く足がつかめずじまいになっている。

いずれにせよ、これまでツイッターでも再三云っているように敵一味の絡まないトラブルというものは私に関しては全くの皆無であるから、宗門と創価が裏で繋がっていることから云っても敵一味が手を回してその結果惹起したものであるというべきである。カルト員の多い業界柄、BMIによる洗脳説は奴らには当てはまらないのではないかと見ている。恐らく奴らは鶴丸系のカルトに属しているか、そのような者になびいて腰巾着となっているということだろう。

SG現場の至近にあった公園
Photo:SG現場の至近にあった公園。現在はリニューアルされている。

-終-

今後の一家運営について

今般、一家で今後の運営の詳細を詰めた結果、今後の枠組みが大きく変わることとなった。

先日砦チャンネルで出したツイートである。

今後の身の振りを考えたとき、現状のままの生活を続けることは適当ではない。

今年の早春に、一家の生活の質を劇的に転換する出来事が起きた。
敵一味によって押し付けられた悪しき宗教の遺構が完全に一掃されたのである。
これ以前の暮らしぶりは劣悪で、同じ収入でやっているとは思えないほど杜撰なものであった。
4畳間は畳が剥き出しで一部は傷が付いていて、6畳間のカーペットはサイズが合っていなくて埃が入り放題という有様だった。
4畳間の板の間をはみ出て威張り散らしていた遺構が粗大ごみで回収されたのは半年前の3月中旬であった。
なお、遺構の回収に先立って放置されていた古いブラウン管も業者に引き取ってもらった。
脱退に伴う事後処理は、これらに先立つ2月中旬に郵送で行っている。

遺構が粗大ごみで回収され一掃されたその日から、環境回復の取り組みが始まった。
その日のうちに不織布(フェルト)のカーペットを4畳間に敷き環境を整えて寝室化した。
程無く6畳間のカーペットの老朽化が目立つようになり、同じ不織布のカーペットをイージーオーダーで部屋のサイズぴったりに切ってもらい、敷き換えた。
古いカーペットを剥がした下は埃だらけで、掃けば掃いただけ埃が舞い上がるほどだった。
宗教による搾取、そして敵一味の誘導による影響で11年も放置されていたのだったから当然である。
当然、徹底的に掃き出してきれいにしたことは云うまでもない。
宗教によって日常生活がなおざりにされてきたことによる負の遺産だった。
爾来、これまでなおざりにされてきた日常生活インフラの回復と拡充に力を入れてきた。
途中姑息な誘導や妨害もあったが、その戦後処理も終わり、まさにこれからが正念場なのである。

近い将来の移住が見込まれているのになぜ?と思うかも知れないが、人間の生活で最も重視されるべきは日々の日常生活であり、移住が近いからといってなおざりにしておく訳にはいかない。
日常の生活環境が悪ければ、それだけ心も荒ぶからである。
あまりにもなおざりにされ過ぎたため、整備には多くの時間と金員を割くこととなったのである。
だが、それもお終いである。

今後は、生活の質を保ちながら徹底して経費を削るというかつて無い挑戦が待っている。
現住地は、決して望まれた地ではなく、私には恥辱の地でしかない。
他の理由もあるが、移住しなければならない理由としてはこのことが大きい。

では具体的な内容について。
あらゆる経費の徹底削減、スリム化。
冒頭のツイにもあるように新譜以外の音源導入凍結、新譜も年3枚まで。16下期は1枚だけ。
万一スクエアが3月に出してくるようであれば17年度分の前倒しで対応。
Hi-Res対応以前に取り込んだファイルについては再レンタルによる再取り込みでFLAC化してCD音質を回復。
オーディオについては当面現状維持のまま凍結。
カメラについては既に概算要求した望遠レンズの金額の範囲内のみでやる。現有機材は現状維持のまま。
なお、上級レンズまたは複数本の導入を前提に概算要求してあるので、状況により柔軟にやる。
移住の妨げになるような交際・交流を承認しない。辺境の町住民は論外!
とにかくカネの出る余計なものは認めないということである。
具体的な移住目標については現時点では書けないが、以上が枠組みになる。
云うまでもないことだが、食費を圧縮するには外食をやめて自炊する他ない。
勿論、以前みたくに毎週のように出かけるなど論外である。今はそういう時ではない。

以下余談

【スイッチ付きタップはエコ詐欺商品だ】
スイッチ付きタップに起因する事故で飛んだオフィスソフトライセンスは問題なく回復、余計な二重出費を防いだ。
数ヶ月ほど前のことだが、PCの絡んだ配線を直していたところタップに付いていたスイッチに指が触れてPCが遮断、ボリュームが壊れて全データが飛んだ。
事故後OSはHDコピーツールでマスターから、データはバックアップのポータブルHDD(ブルーショットガン)から
回復したあともオフィスソフトのライセンスは記載したメールが飛んでしまい向こうの申請ページも機能せず、これが原因で長々と煽りネタになりつつ防戦しながらサブPC(こっちにはOffice2013が入っている)を使うことで凌いでいたのであった。
結局向こうも申請ページの問題は認識していたようでメールフォームによる対応に切り替わっており、異例の速さで対応してくれた。
電話での受付もしてはいるようだが、一軒家じゃあるまいし情報漏えいの恐れがあり出来たものではない。
問題のタップは事故後さっさとスイッチなしに代替して、購入1年でスクラップとなった。
スイッチ付きタップは単なるエコ詐欺商品であり、トラブルを招くだけなので買わないほうがいい。
現在当家ではスイッチ付きタップは理由の如何に関わらず全面禁止としている。

【オーディオ整備の過程における問題について】
オーディオ整備の過程において、いくつかの問題点が浮かび上がってきた。
まず、話にならない音質で大問題になったダリのスピーカーについて。
周波数特性の数字が悪く、上がHi-Res認定の基準である40KHzに遠く及ばない上位相がバラバラ、低音はスカスカで話にならなかったのが真相である。
通常であれば調べる習慣が付いていたのにそのときに限ってそれが行われなかったということは敵一味の汚い手段による煽動と誘導によるものであったということである。
現在使っているONKYOのD-55EXの音を聞いたときは耳から鱗状態であった。
データ上周波数特性は低音では大差ない60Hz~100000Hzだが、低音の鳴りは周波数特性だけではない。
ONKYOのD-55EX以上のスピーカーはバスレフの構造が秀逸で、ダリの糞スピーカーとは比べ物にならないほど低音が出るのだ。
無駄にサブウーファーなんぞを買わされたが、あんなものの必要を感じない。
勿論高音は100KHzという超高音域まで再生できるのでHi-Resクオリティにも余裕で対応できる。
不良債権と化したダリとサブウーファーは値段が付くうちにさっさと売却した。
更に1万円で買ったパイオニアのブルーレイプレイヤーで192/24までのHi-Res音源がUSBメモリーから再生できた事が発覚。
DSDから落とした192/24のファイルで再生を確認した。
つなぎのネットワークプレーヤーは要らなかったということになり、これも都合の悪いことを隠しつつ(調べさせないのは隠蔽のためである)煽った敵一味による損害と断定。
発覚したのは現行機であるC-N7050(これは当初から構想にあった)を買ったあとだったというから悪質である。
下取りだけを優遇する中古業者のやり方にも大きな問題がある。
あのやり方に吊られるなと言われてもエサをぶら下げられた状態で回避できる人はいないだろう。
カメラ業界にもあったことだが、そういうやり方の中古業者とは関わらないほうがいい。
他にも余計なものを買わされるなどの問題があり、それらは全てデスクトップ整備に先立って損切りの売却を行い、戦後処理を完了した。
現在は先にも述べたとおり現状維持で拘束がかかっており、当分今のままである。

【宗教とは支配と搾取のためのツールである】


既にポータルのブログでは何度も触れていることであるが、2015年1月10日をもって当家は宗派離脱を行い、無宗教に戻っている。
2003年9月に敵一味の薄汚い謀略によってカルト宗教に引きずり込まれてからというものの、当家の生活は徹底的に破壊され脱退時には二度と立ち直れないほどにボロボロにされた自分の姿というものがあった。
この辺りの経緯についてはポータルのブログにも未完ではあるが記しているところである。
現在の、望まざる薄汚い辺境の町に誘導したのも敵一味・宗創医連合軍の謀略である。
20世紀末にようやくインターネット環境がもたらされ、真実追究の機運が高まっていたところ、敵一味は当時どうでも良くなっていた鉄道趣味をやおら焚き付けて煽り立て、真実の追及からスピンしてしまったのだ。
忌まわしき宗門の本山塔中坊に引きずり込まれたのも、鉄道趣味に絡む遠征をさせられたことが原因であった。
その後先にも書いたように生活をボロボロにされ、その上でこの辺境の町に誘導され思い留まることも出来なかった経緯があったのである。
後戻りできない状況まで、短い期間で追い込まれたのであった。
奴等は、「必ず幸せになる」などと甘言をたれてターゲットにすり寄り、安心できるウソで騙して的ずらしを行い、真実の追究をさせないようにして目暗ましをし、ケツに火が付いてもそれに気付かないようにした上で騙し続けて搾取する詐欺師集団である。
しかも、奴等は謀略と離間工作によって家族を離散に追い込み、孤立化させることで宗門に依存させて抜け出させないようにしていたのである。
そして、第一次解放聖戦による脱退の絶好機も一方的な指定と御講前日まで話し合いを引っ張り考える時間を与えなかったという策略によって潰えさせられたのであった。
もし、あの時2日でも3日でも考える時間があったらどうだっただろうか。
その時点で、何も変わらないどころか悪化する一方であった当時の状況に気付いて脱退を決断できていたかも知れん。
それをさせないために、話し合いを御講前日まで引っ張った上で問題の当人(実際には寺が仕込んだただの手先で、最下級のザコであった)の同席もさせず真相を隠蔽したまま一方的に移籍先を指定して追い出し、次の日には次の寺に行かせるという手立てを取ったのであった。
その後、人工透析まで貶められた後も奴等は同じようなウソで私を騙し続けていたが(勿論周囲の講員どもも全てグルで、味方は一人もいなかった。「本人には言ってはならない」という危険な手口であった)、あまりの凋落振りにさすがに疑問を感じて当時関わっていた全てに対して見直しを行うことを決め、寺に行くのを止めたのであった。これが「聖域なき見直し」の真相である。その結果は見ての通り宗門からの脱退と遺構の処分、そして関係者の追放さらには鉄道趣味の破却と非合法化というものである。
ここはそういうサイトではないので簡潔にまとめておくが、宗教というのは支配と搾取のためのものであって決して民衆のためにある訳じゃない。祈っても何も変わらないし、却って状況が悪化するだけである。なぜなら、「祈ろう」は目暗ましだからである。払わなくてもいい金を叩かされ、周りからは奇異な目で見られて避けられ嫌われるのが関の山だから止めたほうがいい。その証拠に、宗門脱退後の1年半あまりで私の生活状況は劇的な回復を見ているほどだ。V字回復といってもいい。
ツイッターでは宗門関係者を一律にブロックしているが、ここはそれが困難である。しかし、ブログという性質上一方的に見せることが出来るので今の暮らしぶりの一端を垣間見ることが出来るはずである。宗門であがき苦しんでいる者共は脱退者・退転者であるはずの私の今の充実振りを刮目して見よ。

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きれいに整備された現在の当家事務所応接室。文句あっか?

【鉄道趣味の破却について】
敵一味があれほどまでに煽り続けてきた鉄道趣味のサイトがどうだったのか。
閉鎖に際して、私の元には惜しむ声はおろか非難や抗議の手紙も問い合わせすら一通も無かったという有様であった。
あれほどまでに金員と時間を要した鉄道趣味のサイトとは、その程度のものだったのである。
鉄道趣味が、最初からあったものであるかどうかについてはどちらであるという確証につながるものも無く、今となっては検証不可能ではあるが、近年に限って言えば宗教と同様に生活を悪化させる元凶にしかなっておらず、敵一味による煽りのツールにもなっていたので破却と全面禁止を決めたものであった。
実際、破却の当時には鉄道系の工作アカから仄めかし?と思しきアクションが(当時の旧チャンネルに)度々あったほどだったので、敵一味は余程破却が悔しかったのであろう。なお、当該「鉄道ニュース」アカはスパマーと見做されたのか程無く凍結され、強制削除された模様である。
また、鉄道趣味界には主に鶴丸グループ宗派のカルト員が多く関わっており、そっち系のトラブルも多いと聞いている。
破却の当時にはまだ真実の追究が黎明期であり今ほどには進んでなく、鉄道会社の体質についての追究も進んでいなかったが、その後になって多くの鉄道会社は向こう側であるということがわかっており、よって現在においても禁止を解除するには至っていない。
特に一部JR会社などについてはあまりにも悪質きわまりなく趣味の対象とするのは問題であると決している。
従って、今後においても全面的な解禁というものは有り得ず、現在は移住に向けての取り組みが第一であり趣味ごとは二の次三の次でもあるから、当分全面禁止の状態が続くと考えてもらいたい。
現在当家では、折を見て資料として使う目的で雑踏風景などとともに鉄道の車両や施設も必要に応じて写真に収めており、今後当ブログでも説明目的で掲載する可能性があるが、これらは雑踏風景などの写真と同様にあくまで説明の用に供するためのものであり、記録以上の何者でもないのでそこは留意してもらいたい。
いずれにしても、当時の状況においては「全面禁止」一択しかあり得なかったのであり、敵一味の煽りを遮断するという意味合いにおいても当時の選択は間違っていなかったということである。

-完-

おことわり
本記事においては、一部において既に現存しない事物について扱っています。また、現在の情勢と異なる部分を一部含んでいます。また、鉄道趣味についてはその後再度全面破却に戻っています。これらについて予めご了承下さい。